2022年4月22日金曜日

赤い鳥第3巻第5号

赤い鳥03.05 大正8年(1919)11月
目次

赤い鳥03.05 大正8年(1919)11月


  「赤い鳥」十一月号(第三巻第五号)
 栗鼠(表紙、石版) 清水良雄
 摩以亜(口絵、水彩画) 清水義雄
あしのうら(曲譜) 成田為三
忘れた蓑(曲譜) 近衛秀麿
 とんねる(推奨曲譜) 渡邊健治郎
月夜の家(童謡) (2-3) 北原白秋
雉のお使(歴史童話) (4-13) 鈴木三重吉
爺やの話(童話) (14-17) 有島生馬
禿のワリイ(童話) (18-23) 小山内薫
山の母(童謡) (24-25) 西條八十
摩以亜物語(童話) (26-35) 鈴木三重吉

 水鶏(入選創作童謡) (26-35) 北原白秋選
 岸本爽 水島柳二郎
 納谷三千男 徳安一郎
 畑野耕人 萩野管一
 川上すみを 渡邊健治郎
 八島富士 埃里
 半田嫩花 渡邊知信
 水澤美雄 四元尚孝
 武田幸夫 岩瀬英之助
 平田一道 白井吉之助
 久保一雄
 
 ひまはり(推奨創作童謡) (26) 大岡洋吉
 夕方(推奨創作童謡) (27) 島田春雄
三人の泥棒(童話) (38-41) 水島爾保布
お月様の唄(童話) (42-47) 豊島与志雄
人形(童謡) (48-49) 柳澤健
慾の皮(童話) (50-53) 樋口やす子
指輪の王子(童話) (54-59) 久保田万太郎
ちんころ兵隊(童謡) (60-61) 北原白秋

 かたばみの実(模範綴方) (62-71) 鈴木三重吉選
 澤田傳次郎 関井ひで
 牧瀬晴 湯澤菊枝
 岩間君代 中込みさほ
 福原鐵夫 清水頼子
 中村熊次 林節子
 無名実 高橋とき
 林幸四郎 宮地はつ
 加藤房子

 駱駝(入選自作童謡) (65-68) 北原白秋選
 山崎和利 河野巌
 前田八重尾 野田滋子
 山口隆一 鈴木幸四郎
 藤井和哉 大岡昇平

 通信、地方童話、綴方の研究、地方童謡、社告 (70-80)
さし絵、飾り絵 清水良雄
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赤い鳥03.04p50-55童話『禿のワリイ』小山内薫
赤い鳥03.05p18-23童話『禿のワリイ』小山内薫
赤い鳥03.06p42-47童話『禿のワリイ』小山内薫
鈴木三重吉童話全集02.20『正直ぢいさん』(インド)
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赤い鳥03.05p26-35童話『摩以亜物語』鈴木三重吉
赤い鳥03.06p28-35童話『摩以亜物語』鈴木三重吉
赤い鳥04.02p30-37童話『小さな摩以亜』鈴木三重吉
鈴木三重吉童話全集02.40『マイアの冒険』(デンマーク、アンデルセン作)
アンデルセン童話集『マイアの冒険』 外部リンク
鈴木三重吉 訳   清水良雄 絵   アルス  昭和2(1927)

注:この話はアンデルセンの「Thumbelina」の翻訳ではなく、アンドルー・ラングの「THE STRANGE ADVENTURES OF LITTLE MAIA」の翻訳である。

出典:THE STRANGE ADVENTURES OF LITTLE MAIA 外部リンク
THE OLIVE FAIRY BOOK EDITED BY ANDREW LANG

注:アンドルー・ラングの「The Yellow Fairy Book」には、「Thumbelina」(親指姫)も入っている。

類話:THUMBELINA  外部リンク
The Yellow Fairy Book Edited By Andrew Lang

注:これまで、三重吉の翻案と考えられていた多くの部分は、ラングの「THE STRANGE ADVENTURES OF LITTLE MAIA」の翻訳であったことになる。
(鈴木三重吉のアンデルセン童話についての詳細は、電子書籍にする予定です)

第41回 「おやゆびひめ」の旅 -明治から昭和- 東京都立図書館  外部リンク
3. 摩以亜物語(まいあものがたり)外部リンク
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赤い鳥03.05p38-41童話『三人の泥棒』水島爾保布

注:この話は、2つのモチーフから構成されている。
 
前半のモチーフ
K341.15. 泥棒の一人が持ち主の注意をそらしている間に、もう一人が盗む。

後半のモチーフ
Type763 [K1685]. 宝捜したちは、互に殺しあう。二人の宝探しは、一つの宝に魅入られ、一方は、もう一方ののワインに毒を入れる。しかし、もう一方に彼は殺される。そして殺した男もワインを飲んで死ぬ。 

注:両者が組み合わされた話があるのかもしれない。出典は不明
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赤い鳥03.05p50-53童話『慾の皮』樋口やす子
鈴木三重吉童話全集02.37『慾の皮』(インド)

新選実演お話資料集成『慾の皮』 外部リンク
内外教育資料調査会 編 南光社 昭11

Type1920F 「それは嘘だ」と言ったならば、罰金を支払わなければならない。
Type921E 以前に一度も聞いたことがない。

理屈物語1.5『見もせず聞もせぬ事』外部リンク
径山子 [撰]  松会, 天和2[1682] 苗村丈伯 外部リンク

 五 見もせす聞もせぬ事
むかし高林親友といふものゝ所に。つね/\出入をする隼人
之介といふもの有。いまたとしわかしといへ共才智人にすぐ
れて。いかやうのむつかしき事也とてもあんじわきまへすと
いふ事なしある時親友此者かちゑをためさんかために。
はやとの介を召てとふていはく世の中に見もせす聞もせぬ
ものハいかんといふ。はやとの介こたへていはく。いかさまにも此御
へんしハ明日こそ申侍らんとてまかりしりそけける。さて
明日(あくるひ)にも成しかハ。あんのことくはやとの介来りまミへける。人々
是をきかんとてさしつとひ。耳をすましてまちけるに。
其時親友きのふのふしんハいかゝととひ玉へハはやとの介
こたへていはく。さきほとさる所より此文を着へとゝけて玉ハれ
と申ほとに。さてさしあげ申とてふところよりちいさき文一
通とり出しわたしける。親友是をひらき見玉ふに。いぜんあづ
け置たる金五十両を御かへし候へと有。親友大におとろき
不審の事もよそになり。左右の者にとふていはく。なんぢ
らハ此金の事をしるやといふに。左右の者ミな/\口をそろ
へて。かやうの金の事ハ聞たる事も見たる事もなしといふ
其時はやとの介さてハ見たる事もなく聞たる事もなき
不審ハ。ひらき侍るといふに人々大にかんしける

伊曽保物語03.05『かくしやふしんの事』 外部リンク  国会図書館
・・・・・・・・・・・・・ある時御門をはし
め奉り月けいうんかくそてをつらね殿上になみ
ゐ給ふ中におゐて御門仰けるはあめつちひらけ
はしめてよりこのかたみもせすきゝもせぬものい
かんとのたまへはいそほ申けるはいかさまにも
明日こそ御返事申へけれとて御前をまかりたつ
さて其日にのそんていそほ参内申けれは人々これを
きかんとてさしつとひ給へりそのときいそほふと
ころより小文ひとつとりいたし今日こそわかくに
へまかりかへるとて奉りけれは御門ひらひてゑい
らんあるにそれりくうるすといふけれしやの帝
王より三十万くわんをかり候所実正めい白なりと
ありけれはみかと大きにおとろかせ給ひわれ此事
をしらす汝はしるやと仰けれはをの/\口をそろへ
て見た事もきゝ奉ることもなしといひけれはそ
の時いそほいひけるはさてはきのふの御ふしんは
ひらけて候といひけれは人々けにもとそ云ける

エソポのハブラス0.23
『まだ見聞かぬ物についての不審のこと』 外部リンク
また 一同に 各々 掛くる 不審には、「天
地、はじまってから この方、まだ 見聞かぬ 物は
何ぞ?」 エソポが 申すは、「某 只今 家に
帰らうず、その 暇(いとま)を 下されい」と 申し、家に 帰
り、エソポ 一紙(いっし)を 調えて 帝王へ 奉
った、その ことわりは リケロ 帝王から 借らせ
られた 三十万貫の 借状で あった、帝王 これ
を 御覧ぜられて 大きに 驚かせらるゝ 体で、諸
臣下に 「汝らは この儀を 見 聞いた ことが あるか」
と 問わせらるれば、各々 「かつてもって 見 聞か
ぬ ことで ござる」と、申せば。その時 エソポ 「し
からば 只今の 御不審は それをもって 開けて
ござる」と 申して、エソポは 暇を 乞うて 罷り
帰れば、その身にも あまたの 宝を 下され、
バビロニャへも 宝の 車を 贈り 下され
た。

エソポの ハブラス 翻刻と類話 外部リンク
ネクテナポ  帝王  エソポに御不審の条々
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赤い鳥03.03p11-15『指輪の王子』(童話)久保田万太郎
赤い鳥03.04p24-29『指輪の王子』(童話)久保田万太郎
赤い鳥03.05p54-59『指輪の王子』(童話)久保田万太郎
赤い鳥04.02p26-29『指輪の王子』(童話)久保田万太郎
赤い鳥04.03p26-29『指輪の王子』(童話)久保田万太郎
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赤い鳥03.05p72-73通信・地方童話その三03『海女の髪』薗道郎
(三)海女の髪 今から千二百年も昔、文武天皇さまの御代に、紀伊国日高郡吉田の海ばたに、常々仏信心の深い、心根のやさしい或海女(あま)がをりました。この海女は不仕合なことに女には一ばん誇りの髪の毛が、非常に短くて其上色が真赤だものですから、いつも人の前へ出るのにそれは/\恥かしくてたまりませんでした。海女はいつも、それを苦にやんで、どうかこの髪が長くそして黒くなりますやうにと、しじゆう佛さまにお祈りをしてをりました。
 すると或日のこと、その海女が岩の上に立つて海を見てをりますと、ぢき目の下の波の底に、何だか強くびか/\と光つてゐるものがありました。海女はそれを見て、これはきつと真珠か何かの玉に相違ない。しかも、その深さでこれほどびか/\光る位だから、きつと大きな玉にちがひないと思ひまして、いきなり身を躍らせて、人魚のやうにもぐり込みました。そして間もなくその光るものを掴んで浮き上つて来ました。さうしますと今まで玉だとばかり思つてゐたのは黄金で刻んだ一寸八分の観音さまの像でした。海女はびつくりして、「これはきつと、仏さまが私の信心を憫んで授けて下さつたのに相違ない」と言つて大喜びに喜んで、早速家へ帰つて、小さなお堂をこしらへて、毎日朝晩だいじに拝んでをりました。さうすると間もなくその仏さまのお蔭で、今まであれほで見苦しかつた赤い短い髪の毛が、急にずん/\長く黒くなつて、一と月ばかり後には、立つと地につくほどの、長い/\そしてつや/\した真黒な髪になりました。村の人たちは驚いて、みんなでその海女の仕合を羨みました。
 そのうちに海女が或日その髪を梳いてゐるときに、その長い/\髪の毛が一本ぬけておちたのを、一羽の雀がひろつて「これはいゝものを見つけた。」と言ひながら、それをくはへて都まで一と息に飛んで行きました。そしてお内裏のお屋根へ下りて、そこへ巣をつくりました。その明る日、天子さまは、何のお心もなくお庭を眺めてお出になりますと屋根の庇から、世にも稀らしい長い/\女の髪の毛が下つてゐるのがお目に留りました。天子様は「こんなよい髪を持つてゐる女は、たしかにこの日本に二人とはあるまい。すぐにたづね出してまゐれ」とお言ひつけになりました。そこで大勢の役人がそれ/"\手分けをして日本中の国々へ探しに出かけました。そしてその中の一人が、紀伊の国へ来てさつきの海女を見つけ出して、都へつれて帰りました。併しそのまゝでは身分がないので、一旦藤原不比等(ふひと)といふ大臣の養女にして橘姫といふ名前を名乗らせた上、改めて、天子さまのお妃に上げました。
 併し海女は人から見れば一足とびにそんな幸福な身の上になつたのに、どういふわけか一寸も嬉しさうな顔色も見せないで、しじゆう、何か物案じをして一人で嘆き沈んでをりました。天子さまは不思議にお思ひになつて或日そのわけをお尋ねになりますと、海女の橘姫は、例の観音様のお話をして、「私がこのやうな結構な身分に引き立てゝいたゞきましたのは、みんなあの観音様のおかげでございます。その勿体ない観音様が、私がゐませんではだれ一人だいじにお仕へ申すものもなくて、今では風雨にも打たれて入らつしやりはしないかと思ひますと、怖れ多くて心配でたまりません」と申し上げました。
 天子さまはそれを聞きますと、すぐに、紀道成(きのみちなり)といふ大臣に、急いで紀伊国へ下つて、観音様のためにお寺を建てるやうにお言付けになりました。それで道成は早速沢山の人夫を使つて、一生懸命に指図をして、お堂を建てゝゐるうちに或日、日高川といふ川上から、その建築に使ふ材木の筏に乗つて下る途中、誤つて川の中に落ちて死んでしまひました。併しお寺はやがて立派に出来上がりました。
 天子さまは道成のことを大さう憫れにおぼしめして、その寺に道成の名をそのまゝに道成寺(だうじやうじ)といふ名前をおつけになつて、永久に亡きあとを弔つておやりになりました。
 蛇になつた清姫の話で名高い道成寺のかうしたいはれは、人が余り知りません。吉田の村は、今は青田の村になつてをりますが、昔はそこいらまで一面に海だつたのでございませう。(和歌山日高御坊町二七三、薗道郎報) 
 
注:「地方童話その三」は3巻4号の「地方伝説その二」からの続きです。当時は、伝説や昔話や民話を何と呼称するか模索していたのかもしれません。

類話:
天の浮橋 伝説 宮子姫髪長譚 外部リンク
道成寺 かみなが姫の物語  外部リンク

参考:
髪長媛 外部リンク
桃太郎の誕生 柳田国男 三省堂 昭和8

モチーフ
・髪の探究
Type465B* 黄金の髪の探求。
Type516B 誘拐されたお姫さま(浮遊する髪を見て恋する)
トリスタン・イズー物語03『黄金の髪の美女をもとめて』

・絵を見て恋に落ちる
T11.2. 絵を見て恋に落ちる
日本昔話通観217B『絵姿女房--物売り型』
古典落語『宇治の柴舟』
中国民話集05『羽根の衣を着た男』
ギリシア神話『ピグマリオン』
グリム金田006『忠臣ヨハネス』6
グリム金田152『白い嫁ごと黒いよめご』135
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赤い鳥03.05p73通信・地方童話その三04『天狗の山』無名氏
(四)天狗の山 むかし/\、上野の榛名山の奥に大きな悪い天狗が住んでをりました。この天狗はよく村へ下りて色んな悪いことをして行きました。或時天の神様たちが集つて、日本へ富士の山をこしらへる相談をなさいました。それを榛名の悪い天狗が聞き込みまして「おれだつて一と晩のうちに富士の山を作つて見せる、一つどつちが立派なものをこしらへるか競争をしよう」と申込みました。神さまたちは馬鹿な天狗奴か(ママ)何を言ふかと仰つて、内々お笑ひになりながら「それでは作つて見るがよい、併し一と晩のうちに作り上げなかつたら、お前はもう日本の土地には置かないぞ」と仰いました。天狗は負けぬ気になつて「よろしい、その代りおれの方が先に出来上つたらお前の山は潰してしまふぞ」と言ひ放つて帰つて来ましだ(ママ)。
 それから約束の晩が来ますと、天狗は一生懸命に畚(もつこ)で土を運んで、どん/\山を築き上げて行きました。そしてともかくも富士のやうな形に盛り上げて、あともう一と畚で完全な山が出来上らうといふときに、運悪く丁度夜があけてしまひました。天狗は歯がみをして悔しがりましたが、もうどうすることも出来ないので、土を入れたまゝの畚を山の腰のところへ落したまゝ、どん/\逃げて行つてしまひました。こちらでは神さまは其晩のうちにちやんと美事に富士の山をおこしらへになりました。あとで天狗のこしらへた山へ行つて御覧になりますと、その山は天狗が住む山には谷が千谷なければいけないのですが、その天狗のこしらへた榛名富士山には九百九十九谷しかありませんでした。それだものですから天狗はいつも、あのときの一と谷は、おれの羽根の下にかくれてゐるのだと言つてごまかしてゐたさうです。
 この榛名富士は伊香保の温泉から一里ばかり山を上つて、榛名の火口原を真つ直に行くと、右手にによつきり聳えてゐます。そこのところをもう少し行くと、火口原湖の榛名湖に着きます。その湖畔に立つて、正面に突き出てゐる榛名富士を見ますと、たゞ今のお話のやうに頂上の片方が少し低くなつてゐます。これが一と畚足りなかつたあとです。その下には、天狗が最後の畚を落して行つた一畚山(ひともつこやま)へ、ひた/\と漣が寄せてゐるのが見えます。榛名富士は、復式火山の最もよい典型だと言はれてゐます。(群馬、無名氏報)
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赤い鳥03.05p73-74通信・地方童話その三05『睡蓮』原大蔵
(五)睡蓮 私の村から一里ばかり離れた、或大きな森の中に、古い池が一つございます。昔此森の近くにお蓮(れん)といふ唖の女の子がをりました。お蓮は兄弟もなくだれも遊んでくれる友だちもないので、毎日たゞ一人で森の中へ這入つて、さびしく遊んでをりました。このお蓮が八つのとき、夏の或日、やはり一人でその森の中へ来て、草の花をつみながらだん/\と奥の方へ這入つて行きますと、しまひに見馴れぬ池のふちへ出て来ました。見ると其池の真ん中には、青い水の上にくれいな水草の花が一本さいてをりました。お蓮はその花がほしくてたまらなくなつて今まで摘みためてゐた草の花を打つちやつて、ざぶざぶと其池の中へ這入つて行きました。すると一足/\底が深くなつて、膝の上から腰までつかり、とう/\胸から肩まで来たので、お蓮はびつくりして、助けを呼ばうとしましたが、唖ですから声が出ません。そのうちにとう/\ぷく/\と水の底へ沈んでしまひました。お蓮の母親はお蓮が急にゐなくなつたので、大さわぎをして毎日/\そこら中を無益にさがして廻りました。それから十日ばから立つて、(ママ)丁度雨のふる中を、母親は一生けんめいにお蓮を探して、その池の側まで来ました。さうすると池の真ん中に水草の花が一つ咲いてゐて、その側にお蓮のはいてゐた、小さな下駄が浮かんでをりました。母親は、それではじめてわけをさとつて、あまりの悲しさに思はず、池の岸に伏しころんで泣き入りました。しばらくして、やう/\顔を上げて、もう一度浮いている下駄を見ようとしますと、今まで、たつた一つ咲いてゐた水草の花が、いつの間にか、地中一面に乱れてさいてをりました。母親は、それはお蓮の魂が花になつたのだと思ひました。そして「お蓮よ/\」と言つて泣き狂ひました。
 それから毎年夏になりますと、その池にきれいな水草の花が、一ぱい乱れさきました。村中の人もそれをお蓮の魂だと信じて、その花に睡蓮(すゐれん)といふ名をつけました。
 私は小さなときにかういふ話を母から聞きました。去年の夏そのことを思ひ出して、わざ/\その古池へ行つて見ましたが、池の中には睡蓮らしいものは一つもなく、たゞ普通の蓮がぽつ/\とさびしく咲いてをりました。(神奈川県橘樹郡高津村、原大蔵 報)